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「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じ
る者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。」
(日本聖書協会『聖書 新共同訳』ヨハネによる福音書3章16節)

渡辺和子さんというカトリックのシスターが、聖書が伝える神の愛(アガペー)についてこんなことを指摘しています。「日本にキリスト教を伝えた宣教師たちが、これだけはどうしても日本人に伝えたいと願った一つのメッセージは、今日でもキリスト教がその中心思想とする『神は愛なり』ということであった。ところが不思議なことに、宣教師たちは『愛』のかわりに、やまと言葉の『ごたいせつ』を使ったのであった」(大学時報2008年3月)。
本やメディアを見ていると「愛」という言葉があふれているようにも思われる現代の社会ですが、しかし一方で、戦争や様々な殺傷事件など、人と人とが愛し合えない現実をつきつけるような出来事もあふれているように思われます。愛ということ、愛するということが、何かとても困難なことにすら思えます。しかし、日本に初めてキリスト教を伝えた宣教師たちが、日本語と聖書思想の両方の壁にぶつかり向き合う中で、何とか見出した聖書の「愛(アガペー)」を伝える一つの答えが「相手を大切にし、また何よりも神は私たちを大切に思ってくださっている」という、表現だったのです。
日本語の「大切にする」というのはとてもシンプルな言葉ですが、これは他の言葉では言い換えられない感情、思いというものが込められています。今年も母の日を迎えるにあたり、今一度、聖書「愛(アガペー)」の思いとともに、日本語の「ご大切」という言葉を心にとどめたいと思うのです。
る者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。」
(日本聖書協会『聖書 新共同訳』ヨハネによる福音書3章16節)

渡辺和子さんというカトリックのシスターが、聖書が伝える神の愛(アガペー)についてこんなことを指摘しています。「日本にキリスト教を伝えた宣教師たちが、これだけはどうしても日本人に伝えたいと願った一つのメッセージは、今日でもキリスト教がその中心思想とする『神は愛なり』ということであった。ところが不思議なことに、宣教師たちは『愛』のかわりに、やまと言葉の『ごたいせつ』を使ったのであった」(大学時報2008年3月)。
本やメディアを見ていると「愛」という言葉があふれているようにも思われる現代の社会ですが、しかし一方で、戦争や様々な殺傷事件など、人と人とが愛し合えない現実をつきつけるような出来事もあふれているように思われます。愛ということ、愛するということが、何かとても困難なことにすら思えます。しかし、日本に初めてキリスト教を伝えた宣教師たちが、日本語と聖書思想の両方の壁にぶつかり向き合う中で、何とか見出した聖書の「愛(アガペー)」を伝える一つの答えが「相手を大切にし、また何よりも神は私たちを大切に思ってくださっている」という、表現だったのです。
日本語の「大切にする」というのはとてもシンプルな言葉ですが、これは他の言葉では言い換えられない感情、思いというものが込められています。今年も母の日を迎えるにあたり、今一度、聖書「愛(アガペー)」の思いとともに、日本語の「ご大切」という言葉を心にとどめたいと思うのです。
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